第1話
自分がイベントをやることになったきっかけ①
ギターを持ったら、人生が少し動き出した
Japan Art Companyでは、学校公演、企業イベント、式典、コンサート、大学祭、地域イベントなど、さまざまな「人が集まる場づくり」に関わらせていただいています。
イベントという仕事は、表面的には華やかに見えるかもしれません。
ステージがあり、照明があり、音響があり、出演者がいて、お客様がいる。
当日だけを見れば、楽しく華やかな仕事に見えると思います。
でも、実際にイベントやプロモーションを作るうえで一番大切なのは、派手な演出や見た目だけではありません。
僕が一番大切にしているのは、
「なぜ、そのイベントをやるのか」
という部分です。
なぜ、この企画を行うのか。
誰に届けたいのか。
何を感じてもらいたいのか。
主催者は、どんな想いでその場を作ろうとしているのか。
ここが曖昧なままイベントを作ってしまうと、どれだけ見た目が整っていても、どこか芯のない企画になってしまいます。
逆に、そのイベントのルーツや、主催者の想い、関わる人のモチベーションをしっかりたどることができると、企画の軸が見えてきます。
どんな演出が必要なのか。
どんな出演者が合うのか。
どんな言葉で届けるべきなのか。
どんな空気を作れば、そのイベントらしくなるのか。
そういった判断の基準は、すべて「なぜやるのか」という原点から生まれるのだと思っています。
だからこそ、今回は会社のブログで、少し個人的な話を書いてみたいと思います。
僕自身も、最初からイベント会社を作ろうと思っていたわけではありません。
経営を学んでいたわけでもありません。
企画書が書けたわけでもありません。
ビジネスの知識があったわけでもありません。
勉強が得意だったわけでもありません。
ただ、音楽が好きで、ギターを持って、人前で歌うことに夢中になっていた若者でした。
そして、うまくいかないことにぶつかり、悩みながら動いているうちに、いつの間にか「イベントを作る」という方向に進んでいました。
今振り返ると、当時の自分に立派な戦略があったわけではありません。
マーケティングも分からない。
ブランディングも分からない。
集客の理論も分からない。
ただ、馬鹿が馬鹿なりに、
「どうしたら人に聴いてもらえるのか」
「どうしたら自分の居場所を作れるのか」
「どうしたら相手にも喜んでもらえる形になるのか」
を考えていただけでした。
でも、その無意識の行動が、今の自分のイベント制作の原点になっています。
今回の記事では、そのルーツを少しずつ振り返ってみたいと思います。
これは、単なる昔話ではありません。
イベントやプロモーションを作るうえで、なぜ「ルーツ」が大事なのか。
なぜ「モチベーション」をたどることが大事なのか。
なぜ「自分がやりたいこと」と「相手にとっての価値」をつなげることが大事なのか。
僕自身の経験を例にしながら、そんなことをお伝えできればと思っています。
イベントを企画している方。
会社のプロモーションを考えている方。
学校行事や地域行事を担当されている方。
アーティスト活動や音楽活動をしている方。
そして、自分の仕事や活動の方向性に少し迷っている方。
この記事が、少しでも
「自分はなぜこれをやっているのか」
を考えるきっかけになれば嬉しいです。
今回はまず、僕が音楽を始め、ギターを持ったことで少しだけ人生が動き出した頃の話から書いてみたいと思います。
今から約20年前。
高校生だった僕は、シンガーソングライターとして音楽活動を始めました。
当時は、ゆず、19、コブクロのような、ギターを持って歌うアーティストが本当に輝いて見えた時代でした。
テレビやCDショップやカラオケの中に、ギターを抱えた人たちの歌があふれていました。
難しい音楽理論なんて分からなくても、
ギターを持って、言葉を書いて、声を出せば、何かが始まるような気がしていました。
僕も、その空気に思いきり影響を受けた一人でした。
正直に言うと、ギターを持つまでの僕は、どちらかというとオタク気質な人間でした。
目立つタイプではなかったし、クラスの中心で笑いを取るようなキャラクターでもなかった。
自分の世界の中で好きなものに没頭しているような、そんな高校生だったと思います。
でも、ギターを持って歌い始めた瞬間、少しずつ周りの反応が変わっていきました。
人が集まってくれる。
声をかけてくれる。
自分の歌を聴いてくれる。
今まで自分のことを気にしていなかったような人たちが、少しずつこちらを見てくれる。
その感覚は、当時の僕にとって強烈でした。
そして、はたまた彼女までできました。
今思えば、完全に浮き足立っていました。
まるでアニメの中で、急に主人公にスポットライトが当たるような感覚です。
「もしかして、自分の人生、ここから始まるんじゃないか」
そんなふうに、本気で思っていた気がします。
完全に高校生デビューでした。
ギターを持って歌うことで、今までの自分とは違う自分になれた気がした。
それまで少し内側にこもっていた自分が、初めて外の世界とつながれたような気がした。
だから、音楽は僕にとって、ただの趣味ではありませんでした。
自分を変えてくれたもの。
人とつながるきっかけをくれたもの。
少し大げさに言えば、自分に居場所をくれたもの。
それが、当時の僕にとっての音楽でした。
そこから僕は、相方と2人組のユニットを組んで活動するようになりました。
曲を作って、歌って、ライブをする。
当時の自分にとって、その時間はかなり本気でした。
ありがたいことに、周りの人から
「歌、上手いね」
と言ってもらえることもありました。
2人で活動していたので、孤独もありませんでした。
隣に相方がいる。
一緒に曲を作る人がいる。
一緒にライブに出る人がいる。
一緒に夢を見ているような気になれる人がいる。
それだけで、若い自分には十分すぎるほど心強かったのだと思います。
そして僕は、かなり単純に考えていました。
このまま歌を続けていれば、いつかうまくいく。
頑張っていれば、誰かが見つけてくれる。
自分たちには、きっと何か特別なものがある。
今思えば、本当に恥ずかしいくらい甘い考えです。
でも、若い頃の自信というのは不思議なもので、根拠がないからこそ強かったりします。
まだ何も知らないから、怖くない。
まだ失敗の数も少ないから、未来を簡単に信じられる。
自分の才能を疑う材料も、そこまで持っていない。
当時の僕は、まさにそんな感じでした。
でも、現実はそんなに優しくありませんでした。
21歳か22歳くらいの頃、ユニットは解散しました。
当時の相方には、僕と同じ未来のイメージはなかったのだと思います。
別に、誰が悪いという話ではありません。
ただ、それぞれに人生があって、考え方があって、進みたい方向がある。
若かった僕は、その当たり前のことすら、ちゃんとは分かっていませんでした。
それまで2人で立っていたステージに、1人で立つ。
2人で考えていた活動を、1人で考える。
2人で背負っていた不安を、1人で背負う。
そのとき初めて、僕は自分の無力さに気づきました。
ギターを持てば何かが変わると思っていた。
歌っていれば誰かが見つけてくれると思っていた。
自分には、何か特別なものがあると思っていた。
でも、1人になった瞬間、その自信はびっくりするくらい頼りないものになりました。
何ができるのか。
何を武器にすればいいのか。
そもそも、自分は本当に音楽でやっていけるのか。
考えれば考えるほど、答えは出ませんでした。
ここから僕は、初めて本当の意味で考えることになります。
自分は、どこで歌えばいいのか。
どうすれば、人に届けられるのか。
どうすれば、自分の居場所を作れるのか。
そしてその問いが、後に僕を「イベントを作る側」へと向かわせることになります。
イベントやプロモーションには、必ずルーツがあります。
表に見えている企画や演出の奥には、
その人の悩み、願い、挑戦、そしてモチベーションがあります。
今回の話は、僕自身のルーツの入り口です。
次回は、1人になった僕が、どうやって歌う場所を探し、なぜ飲食店でライブを企画するようになったのか。
そして、それがどのようにイベント制作の原点になっていったのかを書いていきたいと思います。
続きは次回へ。
制作
2026/05/10



